怪人ものさわやかブログ

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オタクの「布教」には素直に乗っかった方がいいかもしれない話

よくオタクは自分の好きなものを勧める時に「布教」って言葉を使う。
そして知り合いに自分の好きなものを勧めてそのコンテンツについて語れる人を増やしたり、単にそのコンテンツを知らない人にベラベラと自分の見解を語りたかったりと結構独りよがりな理由で布教が行われることも多い(ソースは僕)
ただ布教の対象になることが多いオタク気質な人は自分の世界を持ってることが多く、なかなか他人から勧められたモノを受け入れるのは難しいって人が多いです。僕とか。
でも、オタクの「布教」を頭ごなしに突っ撥ねるのではなく、受け入れた方が勧める側だけでなく勧められる側にもメリットはあると思います。その理由としては。
・コンテンツの好きな度合いには幾つか壁があり、布教されるコンテンツは「布教したくなるぐらいいいコンテンツ」というラインを超えているため良質なコンテンツである可能性が高い。
・自分で新しく好きなコンテンツを見つけるよりも少ない労力新しい良質なコンテンツが見つかる可能性が高い。
の2つですね。今回主に言いたいのは前者のことなんですけど。まあとりあえず前者について。
みなさんも好きなコンテンツ。例えば好きなテレビ番組とか好きな芸能人とか好きな食べ物とか好きな歌とか好きなゲームとか色々あると思いますが、それぞれ好きな具合にも序列があると思います。
それで、これは僕の場合なんですけど、特にアニメとかでは好きな具合の序列の基準として、「好きだけど人に勧められる程ではない」ってのと「人に積極的に勧めたくて仕方ないぐらい好き」と言う2つのラインがあります。
それで、僕が何か人に勧めたくなったものは「人に勧めたいぐらい好き」のラインを超えてるんですね。
でも、それぐらい好きになるものって総じて好きになるだけの魅力的なポイントみたいなものがあります。たくさんあります。
まあ要するにしょうもないモノは布教対象にはならないけれど人を惹きつける要素があればオススメする人も出てくるからオススメされてるモノは良質なコンテンツである可能性が高いってことです。勧めてる人が自分と似たような趣味嗜好であればあるほどアタリである確率が高いです。
それに、前にも挙げたように、逆に自分で新しい良質なコンテンツを探そうとすると結構大変です。
例えば今から人に勧められるぐらい面白いゲームをネットの情報無しで何か発掘してきてって言われたら結構しんどいです。何作もプレイしなきゃいけないし。
でも人にオススメを聞けば毎回良質なものが当たるとまでは言えないけどかなりの確率でアタリを引くことができると思います。
こういったこともあって、オタクの情熱と専門分野に対する深い知識に基づいたオススメである「布教」はよほど自分の趣味で時間を押しつぶされてない限りはちょっと覗いてみても損はないと思います。
でも友人がグルコスやらグラブルやらを結構布教してくるけどほとんど乗っかれてないなあ…
オタクの自分の世界を崩すのは難しきことなり…